隊甲板になってからというもの毎朝、教官室に行くことが日課となっていた。
その日も指示を聞いて、教官室を出ようとしたところで、班長に呼び止められてしまった。
教官室に長居は無用である。
「今日、ネルソン提督の遺髪が江田島に来る。
生徒代表で教育参考館に行け。
礼装で行くんだぞ。」と言われた。
制服にアイロンをかけなければと思ったが時間が無い。
仕方がないので教官に訳を話して、授業中にアイロンをかけさせてもらった。
ついでに靴まで磨いた。
パンツ・シャツ・靴下も点検用に取っておいた新品に着替えて、教育参考館に向かった。
既に大勢の人が集まっていた。
係の人から東郷元帥の遺髪が安置されている部屋の前に行くように言われた。
部屋の前には多くの将官(海将、海将補)がいた。
私の周りは全て将官である。
将官たちの中に1等海士が一人いるという異様な光景である。
いつもは閉まっている扉が開いていた。
四畳半位の広さの部屋の中に、小さな箱が置いてあった。
おそらくあの中に東郷元帥の遺髪が入っているのだろう。
間もなくネルソン提督の遺髪が到着し、東郷元帥の遺髪の隣に小さな箱が置かれた。
開かずの扉の中を見られたことは良かったが、生きた心地はしなかった。